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まゆげのおへそ

発達障害者がグダグダな自己分析をするブログ。ほぼ毎日19時更新だよ。

「ごめんなさい」に必ずしも「いいよ」が返ってくるとはかぎらない part.2

こんにちは。

自閉症スペクトラムなずぼら女子、まなやんです。

 

前回の記事

 

oheso-mayuge.hatenablog.com

 からの続きで、part.2です。

 

part.1では見事下級生に泣かされ、けれどまだ学校とは繋がってたいと思っていた当時のことを自分なりに振り返りました。

 

前回は事の発端を、今回は事の顛末をできるかぎり淡々と綴ろうかと思ています。

長くなるかもしれませんが、どうぞお付き合いください。

 

「保健室に帰れ。」

まず、下級生の男の子に言われてしまった言葉です。

とてもショックでしたが、家に直接謝罪に来てくれるという誠意を断ってまで自分のちっぽけなプライドを優先したことに罪悪感がなかったわけではありませんでした。

自分に非があったとも微塵も思ってはいませんでしたが。

 

だからそのこのクラスの担任と、わたしの一応所属してたクラスの担任が話し合い、その子が直接謝れる場を設けたい。まなやんには聞いてあげるだけでいいからその場にいてほしい。

と頼まれたとき、なんだか担任に気圧されるように頷いて、気づけばわたしはその男の子と向かい合っていたんです。

 

「ごめんなさい」

もしかしたら色んな人に怒られてしまったのかもしれません。心底申し訳なさそうにその子は私に頭を下げてくれました。

それこそ半べそかいてました。

 

だけど、わたしはその時、どう返したらいいかわからず固まってしまったんです。

 

なんとも微妙な空気になってしまい、多分、担任の先生たちは焦ったんでしょうね。

わたしに向かって

 

「いいよ」って言ってあげて?

 

もう何が何だかわかりませんでした。気まずい雰囲気はさすがのわたしでもわかったので早く終わらせたい一心で

「いいよ」と、まるでおうむ返しのように言った気がします。

 

そしたら先生はにっこりと笑ったので、わたしは許せたことを褒めてもらえると思いました。

今思えば評価するようなことでもないですが、当時の私は少しで自分を肯定してもらいたいという気持ちでいっぱいで、それでなんとか自分を保っている状態だったので…。

 

けど、先生が優しい猫なで声で褒めたのはわたしなんかじゃなかったんです。

 

「凄いね。よく謝れたね。」

 

その場に大人はお互いの担任の先生と保健の先生、合わせて3人いました。

わたしのほうを向いてくれている先生はいませんでした

 

なんでだろう?

どうしてだろう?

誰かを傷つけたら謝るのは当然のことだ。

それは自分の非を認めて、相手に反省していることを表すための行為だ。

「ごめんなさい」は許してくださいという意味ではない。

「いいよ」と返すか否かは傷つけられた本人が決めるのであって

まわりが決めていいことじゃない。

強制していいことじゃない。

 

わたしは「いいよ」なんて思ってなかった。

許せるほど、まだ言われた言葉を受け入れられてなんかなかった。

 

わたしは「いいよ」なんて言ってない。

言わされただけだ。

 

もうずっとそのことが頭の中をぐるぐるしてて、最終的にわたしは、学校が嫌いになりました。

嫌いというよりも先生、教師という立場の大人を信頼も信用もしなくなりました。

 

当時わたしは3年生。

まだ発達障害だという診断は受けていません。

その時その場で言い返せたらよかったのに。わたしは今でも思います。

けれど相手は、教師たちにとっては、わたしはその子を許したと思っていて、その子は頑張って謝ったのでもう終わった過去のことです。

その瞬間からとっくに時効なんです。

 

そしてそれから3年後、6年生のときもその教師がわたしの所属するクラスの担任でした。

かかりつけの病院の先生たちとその担任が、わたしのことで話し合ったことがあるそうです。

 

後から聞いた話ですが、その時担任はにっこり笑顔であることを言いました。

 

わたしは、彼女のことを障害者だと思ったことはありません。

 

彼女とはわたし、まなやんのことです。

わたしは発達障害です。障害者です。

別にお膳立てしてほしいだとか、特別扱いをしてほしいだとか、これっぽっちも思ったことはありません。

ただ、どうしても苦手なことや出来ないことがあります。

そこを病院と学校が協力してサポートしていくための話し合いだったそうです。

 

その場で、わたしはわたしそのものを否定された

そう思いました。

 

中学校に上がっても、高校に入っても、たまにあの担任がわたしを全否定する夢を見ました。

担任にとってわたしはかなり扱いづらく、面倒くさいただの生徒だったんだと思います。もう忘れられているかもしれません。

けれどわたしにとってあの教師はいまでもです。大嫌いな人間です。

 

もしも、相手がわたしが傷ついたことに気づいてくれたとして、本気で謝ってきたとしたら。

わたしの答えは5年前から決まっています。

 

いやだ。お前なんか許してやるもんか。

 

もしそんな奇跡みたいな機会が訪れたら、わたしはきっと、ようやくその人から決別できる。

わたしの中でも終ったことになる。

 

絶対にありえないけれど、それまでわたしにとってあの出来事は過去にはならない

 

過去にしてはならない

 

そう、思います。